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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)7241号 判決 1989年8月30日

東京都東久留米市前沢三丁目一四番一六号

原告

ダイワ精工株式会社

右代表者代表取締役

松井義侑

右訴訟代理人弁護士

松井康浩

右輔佐人弁理士

南一清

大阪府堺市老松町三丁目七七番地

被告

島野工業株式会社

右代表者代表取締役

島野尚三

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

今中利昭

吉村洋

千田適

釜田佳孝

浦田和栄

谷口逹吉

松本司

右輔佐人弁理士

津田直久

右当事者間の昭和五九年(ワ)第七二四一号実用新案権侵害差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙目録記載の魚釣用スピニングリール(以下「被告製品」という。)を製造販売してはならない。

2  被告は、原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

登録番号 第一四二〇五五八号

考案の名称 魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置

出願 昭和五三年三月一〇日

出願公告 昭和五六年七月二日

登録 昭和五七年二月二六日

2  本件考案の実用新案登録出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は、本判決添付の実用新案公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。

3(一)  本件考案は、次の構成要件から成るものである。

A ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けたこと、

B その円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成した魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置。

(二)  本件考案は、次の作用効果を奏する。

(1) ローターが正転するとき(釣糸が巻取られるとき)には、ドラグ機構がローターから切り離されるから、ローターに不要な慣性力が負荷されず、かつ、ドラグ機構による制動力も伝達されないので、ハンドルによるローターの回転操作が容易である。

(2) ドラグの強弱両方向の制動調整が、ローターを手で固定することなく、操作杆のみの回動操作で容易にできる。

(3) 操作杆を筐体の操作しやすい位置に設置することができる。

4  被告は、業として被告製品を製造販売している。

5  被告製品は、次に述べるとおり、本件考案の技術的範囲に属する。

(一) 本件考案の構成要件Aの「ローターの逆転時のみ係合して回動する円盤」にいう「係合」とは、ローターと円盤が一体的に結合し、ローターにドグ制動が行える状態となることであり、例えば、魚の引込みによる釣糸の張力でローターが逆転するとき、その逆転力に抗しうるように円盤に与えられた摩擦制動力がローターに確実に伝達されるべくローターと円盤が一体不可分に結合された状態をいう。したがって、構成要件Aの「逆転時のみ係合して回動する」の意味は、ローターが逆転したときだけローターと円盤が一体的結合の状態で係合して回動することであり、正転時は係合して回動しない構成であることを意味する。

他方、被告製品は、コイルばね23により爪22を一方向に付勢してラチェット歯10に接触させるもので、ローター8の逆回転時には、爪22がラチェット歯10に噛み合って係合し、制動体13をローター8と同行回転させ、また、ローター8の正回転時には、ローター8が急速に回転する際の始動時には、爪22がラチェット歯10上をスリップして制動体13の回転遅れを生じるが、急速回転でないローター8の回転時及び急速回転の始動後の回転時には、爪22をラチェット歯10に押し付けて制動体13を同行回転させるよう構成されているものである。このように、被告製品は、ローター8の正回転時には、単にコイルばね23の力によって爪22がラチェット歯10上に圧接され、その接触摩擦で制動体13とローター8とが同行回転するにすぎず、両部材の同行力は、微力でスリップする程度のものであって、右のような微力な摩擦接触力による同行回転によっては、本件考案が目的とする魚の引込み力に対応するローターの制動は全く不可能であるから、被告製品のローター8の正回転時における制動体13との同行回転は、本件考案にいう「係合」には当たらない。したがって、被告製品は、ローター8の逆転時にのみ制動板13が係合して回転するものであり、本件考案の構成要件Aを充足する。

被告は、後述の二3において、本件考案の構成要件イ(構成要件A)は、ローターの正転時においては、円盤がローターと係合せず、かつ、回転しない構成であるのに対し、被告製品は、ローター8の正転時においても制動体13がローター8と同行回転する構造であるから、本件考案の構成要件イ(構成要件A)を充足しない旨主張するが、本件考案の構成要件Aの「逆転時のみ係合して回動する」との構成は、前述のとおり、「正転時は係合して回転しない」という意味であるから、被告製品のように、係合していないものは、たとえ同行回転しようと、本件考案の構成要件Aを充足するものである。

(二)(1) 本件考案の構成要件Bの「筐体に支承された操作杆」は、回転部材であるローターに組付けず、静止部材である筐体に支承したことによって、ローターがいかなる状態にあっても、容易に操作することができるとともに、操作杆自体は回転しないから、ローターに不必要な慣性力を与えないことを特徴とするものである。そして、被告製品のブレーキレバー17は、筐体1に揺動可能に支持されているのであるから、本件考案の構成要件Bの「操作杆」に該当する。

(2) 本件考案の構成要件Bの「円盤に制動部材を・・・圧接自在に形成した」との意味は、制動部材の圧接力を強方向にも弱方向にも自由に操作して、ローターを任意の強さで制動し、釣糸の繰出しを調整するとともに、ローターを全く圧接しない状態とすることをも自在としたものである。そして、被告製品は、制動体13の裏側内周面にあるブレーキ環14に接触するブレーキシュー15をもったブレーキレバー17を筐体1に揺動可能に支持するとの構造であり、釣糸を引きずるように繰り出す場合、本件考案の操作杆に当たるブレーキレバー17の操作によって、本件考案の円盤に当たる制動体13の摩擦部材であるブレーキ環14に、本件考案の制動部材に当たるブレーキシュー15を圧接自在とし、その摩擦力の強弱を調整可能にしているものであるから、本件考案の「円盤に制動部材を・・・圧接自在に形成した」との構成を具備していることは、明らかである。

被告は、後述の二4において、本件考案の制動部材は、円盤に対して常に接触しながら、その接触圧力を自在にしうる構成と解すべきであり、被告製品は、この要件を欠く旨主張するが、本件考案の構成要件Bは、「円盤に制動部材を・・・圧接自在に形成した」ものであって、常時接触していることを要件としているものではない。現に、本件明細書の実施例においてすら、制動部材と円盤が接触しない状態が可能となっているところ、釣用リールで釣糸の繰出しを調整する装置において、制動範囲内の調整はもちろんのこと、制動しないことを可能にした構成とすることは、リール設計における常識的な通常の手段であって、圧接自在の概念は、その両方を包含するのである。したがって、「圧接自在」の中に無制動は包含されず、常に圧接していることに限定されるとの被告の主張は、誤りである。

(3) 本件考案の構成要件Bの「ドラグ調整装置」は、スプール又はローターの逆転に抵抗を与えることによって、釣糸の引きずるような繰出し(ドラグ効果)を調整するための手段である。そして、被告製品は、ブレーキレバー17の操作により、釣糸の繰出し量を調整し、ドラグ効果を得るのであるから、まさに本件考案にいうドラグ調整装置そのものである。

被告は、後述の二5において、従前の技術を、イ サミング装置、ロ ブレーキレバー装置、ハ ドラグ調整装置とに類型区分したうえで、被告製品のブレーキレバー装置は、右のドラグ調整装置には当たらない旨主張するが、右のイロハの装置は、いずれも釣糸の引きずるような繰出し(ドラグ効果)を調整するローター制動方式の制動装置にほかならないのであるから、いずれもドラグ調整装置に当たるのであり、被告の主張は、失当である。また、被告は、後述の二5において、原告は、その製品カタログにおいて、ドラグ調整装置とレバーブレーキ装置とが異なるものであることを認めている旨主張するが、実公昭59-35090号実用新案公報(甲第一四号証)における「本考案は、レバー操作によってドラグ力調整を行なうにしてなる魚釣用スピニングリールのドラグ装置に関する」(同公報一頁一欄三一行ないし三三行)との記載、及び、特開昭58-146225号公開特許公報(甲第一五号証)における「操作レバーの操作によってスプールを自由回転から強制巻取り状態の最大トルクまで管制できると共に、強制巻取り時の係合トルクは魚が掛った場合に作用する逆転トルクに対してドラッグ力(ブレーキ)として作用するものである。」(同公報三頁右下欄六行ないし一一行)との記載、更には、特公昭61-51846号特許公報(甲第二一号証)にもレバーで制動操作するドラグ機構が示されていることからも、釣糸の制動をレバー形式で行う被告製品について、ブレーキレバー装置という名称を付したとしても、それがドラグ作用を奏する装置である以上、「ドラグ調整装置」であることに変わりはないのである。

6  被告は、故意又は過失により、昭和五八年一月一日から同六三年六月末日までの間、被告製品を製造販売し、本件実用新案権を侵害したものである。原告は、被告に対し、被告が被告製品の製造販売行為により得た利益の額を損害の額として請求しうるところ、被告は、(1)同五八年一月一日から同六一年七月末日までの期間においては、被告製品を四万三六九三個製造販売して、五二七四万〇九二三円の利益を得、(2)同六一年八月一日から同六三年六月末日までの期間においては、被告製品を一万〇六四二個製造販売して、三三〇万五二二五円の利益を得、合計で五六〇四万六一四八円の利益を得た。

7  よって、原告は、被告に対し、本件実用新案権に基づき、被告製品の製造販売行為の差止、及び、右の不法行為に対する損害賠償として、右損害金の内金五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日より支払済みに至るまで、原告及び被告ともに商人なので、商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求の原因1、2の事実は認める。

(二)  同3(一)、(二)の事実は、否認する。

(三)  同4の事実は認める。

(四)  同5の事実は否認する。

(五)  同6については、被告製品の製造販売数量は認めるが、その余の事実は否認する。

2(一)  本件考案は、次の構成要件から成るものである。

イ ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けたこと。

ロ その円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成したこと。

ハ 魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置であること。

(二)  本件考案は、次の作用効果を奏する。

(1) ローターに係合して回動する円盤、制動部材、操作杆等のドラグ機構が、ローターの正転時にはローターと切り離され、ローターの逆転時のみローターに係合してドラグ制動を行うようにしたので、

イ ドラグ調整装置の強弱両方向の制動調整が、ローター等を手で固定することなく、操作杆のみの回動操作で容易にできる。

ロ 従来公知のもののように、ローターにドラグ機構による不要な慣性力が負荷されることがないので、ハンドルによるローター回動操作も迅速かつ円滑である。

(2) 操作杆の操作位置も筐体部分の操作しやすい位置に設置することができる。

3  本件考案の構成要件イの円盤は、ローターの逆転時のみ右ローターと係合して回転するものであり、ローターの正転時においては右ローターと係合せず、かつ、回転しないものである。すなわち、本件明細書の考案の詳細な説明の項の「ローター8が釣糸捲取り方向に回転(正転)するときは、巻バネ23は爪22を係合凹凸10から離すように作動し、ローター8と円盤13とは分離してドラグ制動は解放された状態にあり(第2図参照)、ローター8が釣糸の繰出しにより逆転するときは巻バネ23は爪22を係合凹凸10側に附勢して係合凹凸10に係合せしめローター8と円盤13とは一体的となって回動し」(本件公報二頁三欄二行ないし九行)との記載から明らかなように、本件考案の構成要件イは、ローターの正転時には円盤が右ローターとは全く係合せず、かつ、全く回転しないとの構成を規定しているものであり、したがって、右の考案の詳細な説明のように、ローター8と円盤13との係脱を積極的かつ能動的に行わしめるための構成が必須条件であると解すべきである。本件考案は、右のような構成を採ることにより、前述の2(二)(1)ロの作用効果、すなわち、ローターに円盤を含むドラグ機構による不要な慣性力が負荷されることがないので、ハンドルによるローター回動操作も迅速かつ円滑であるという作用効果を奏し、また、ローターの正転時にローターにドラグ機構による制動力が働いていると、巻取り抵抗が大きくなって、釣糸の巻取り操作が重くなるのであるが、ローター8の正転時には円盤13がローターに追従して回転するということがなく、ローター8のみが回転するのである。これに対して、被告製品は、ローター8の正逆両回転のいずれに際しても、制動体13がローター8と同行回転するものであり、本件考案の構成要件イを充足しない。また、被告製品は、右のような構造であるから、ローター8に制動体13の慣性力が負荷されるものであり、本件考案の前述の作用効果も奏しない。

4  本件考案の構成要件ロは、(1)前述のとおり、筐体に支承された操作杆で制動部材を円盤に圧接自在に形成したものであるから、「制動部材」と「操作杆」とは独立した二部材を構成しているものである、(2)また、本件明細書の考案の詳細な説明の項の「筒軸12には円盤13が回動自在に嵌着されると共にその前後には筒軸12に係合する制動板14と回動自在の制動板15とからなる制動部材が嵌合されており」(本件公報一頁二欄一八行ないし二一行)との記載、及び「操作杆17後端の摘子20を回動することにより、螺筒19を進退せしめて板バネ16の押圧度を制御し制動部材である制動板14、15を介して円盤13の回動を制御するように構成されている」(本件公報一頁二欄二六行ないし三〇行)との記載、更には「円盤13は制動部材である制動板14、15でその回動が制御されているのでローター8にはドラグ制動が行われているものであり(第3図参照)、その強弱の調整は摘子20を回動して螺筒19を進退することにより、板バネ16の押圧度を調整して行うものである。」(本件公報二頁三欄九行ないし一四行)との記載によれば、「制動部材」が円盤の制動手段をなす一方、「操作杆(摘子)」が制動の強弱調整手段をなすものであることが明らかである、(3)更に、右の記載によれば、本件考案の制動部材は、円盤に対して常に接触しながら、その接触圧力を自在にしうる構成と解すべきであり、このことは、ドラグの制動力を強弱両方向に調整するためには、制動部材が円盤に対して当接しており、円盤の回転に抵抗が与えられていることにより初めて行えることからも明らかである。これに対して、被告製品は、ブレーキシュー15を備えたブレーキレバー17を筐体1に揺動可能に支持しているので、本件考案の制動部材に対応するブレーキシュー15と本件考案の操作杆に対応するブレーキレバー17とが一体のものとなっており、したがって、制動部材と操作杆を独立した二部材に構成した本件考案の構成要件ロを充足しない。また、被告製品は、ブレーキレバー17にコイルばね16を作用させて、常時はブレーキシュー15が前記ブレーキ環14から離れるように構成しているものであるから、ローターの逆転時でもそれだけでは何ら制動は行われず、能動的にブレーキレバー17を引上げてブレーキシュー15を制動体13に押圧して初めて制動が行われるのであり、したがって、制動部材が円盤に対して常に接触しているとの本件考案の構成要件ロの構成を充足しない。そして、本件考案と被告製品とは、右の構成において相違する結果、本件考案では、ローター逆転時に最初からドラグ制動を既に機能した状態とし、このドラグ制動作用を果たしている制動部材を、これとは独立している操作杆の回動操作によって強弱両方向の調整を容易にできるようにしているのに対し、被告製品では、ローター逆転時にそれだけでは制動を得ることができず、ブレーキレバー17を手で引き上げることにより初めて制動を可能とし、しかも、制動力の調整は、手の力を加減するという熟練された操作によってのみ可能となるのであって、強弱両方向の制動調整が容易にできるというものでもないのである。

5  本件考案の実用新案登録出願前における魚釣用スピニングリールのローターの逆転に抵抗力を与える技術としては、(1)逆転するローターを手指の指面により押圧し、その摩擦力によりローターの逆転を制動するサミング装置、(2)サミング装置の手指に代えてブレーキレバーを設けたもので、ブレーキレバーを操作したときにのみ、ブレーキシューが回転中のローターに押圧されて制動力を付与し、ブレーキレバーを操作しないときは、ローターが自由に回転するブレーキレバー装置、(3)ローターに常時圧接して逆転制動を行うドラグ機構を設けたもので、制動部材の圧接状態を強弱調整するためのねじ部材が設けられており、これにより制動力の強弱を調整することができる構成のドラグ調整装置があった。右(1)、(2)の装置では、ローターが突然に逆転を開始したとき、直ちに手指又はブレーキレバーを操作しないとローターがそのまま逆転して、釣糸を繰り出してしまうので、この操作が遅れると魚を根に逃げ込ませてしまうという欠点があり、(3)の装置では、ローターの逆転と同時に自動的にローターの逆転制動が開始されるので、魚が根に逃げ込むということはないが、ローターに制動力を付与したままの状態で正転を行うと、ローターが重く、釣糸の巻取りに大きな力を要するという欠点があった。そこで、本件考案は、右のドラグ調整装置の欠点を改良するため、前2(一)イのとおり、円盤を「ローターの逆転時のみ係合して回動する」ように構成し、ローターの正転時には円盤に作用したドラグ調整装置の制動力がローターに及ぶことがないように構成したものである。このように、本件考案は、その構成要件ハに規定されているとおり、「魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置」である以上、常に制動部材を円盤に接触させて、常時ドラグを作用させ、その状態で操作杆を操作することによりドラグ作用を強弱両方向に調整可能にした構成のものをいうと解すべきであり、このことは、前述の本件明細書における考案の詳細な説明の項の記載からも明らかである。なお、原告自身も、レバー形式の制動装置に係る発明又は考案について、発明又は考案の名称として、「魚釣用スピニングリールの制動装置」(実公昭52-57120号実用新案公報-乙第一号証)、「制動装置を有するスピニングリール」(特公昭52-876号特許公報-乙第二号証)、「スピニングリールの制動装置」(実開昭56-158174号公開実用新案公報-乙第五号証)とし、「ドラグ調整装置」又は「ドラグ装置」との用語は使用しておらず、これに対して、本件考案及び実公昭60-10381号実用新案公報(乙第六号証)に記載されている考案については、その名称を「魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置」としており、「ドラグ調整装置」という用語を単なる制動装置とは異なる意味で使用しているものである。また、原告は、その1982年、1983年、1984年の製品カタログ(乙第三一、三二号証)において、ドラグ機構とレバーブレーキを併用する旨の記載をしており、ドラグ調整装置とレバーブレーキ装置とが異なるものであることを、その製品カタログにおいても認めている。これに対して、被告製品は、前述のとおり、ブレーキレバー17を引き上げたときに初めて制動体13のブレーキングを行い、そのレバー引上げ力を手加減することによりブレーキ力を加減するものであるから、単なるブレーキ装置であり、本件考案のドラグ調整装置とは異なる。すなわち、被告製品においては、ローター8の正転及び逆転時のいずれの場合においても、ブレーキレバー17を引き上げたときにのみブレーキシュー15が制動体13に圧接されて制動力を付与するものであり、ブレーキレバー17を操作しない場合、ローター8は制動体13とともに自由に回転するのである。したがって、魚が餌をくわえた瞬間、底に潜ろうとして移動するとき、ローター8に逆転力が生じるのであるが、このときブレーキレバー17を操作しないと、ローター8は自由に逆回転することになるのであり、この結果魚の取込みが確実に行われるのである。また、その後、釣針に掛かった魚を引き寄せるために「やりとり」を行うのであるが、この「やりとり」において、ブレーキレバー17を操作したり、操作を中止したりすることによって、制動付与と制動解放との両操作を行うのであって、このブレーキ操作は、制動力を強弱調整することではなく、制動付与と制動解放の選択をしているのであり、制動の強弱の調整を目的としている本件考案のドラグ調整装置とは異なるのである。したがって、被告製品は、本件考案の構成要件ハを充足しないことが明らかである。なお、被告製品は、ローター8と制動体13の間にラチェット機構を設けているが、これは、ブレーキレバー装置の場合、ローター8の逆転開始時におけるブレーキレバー17の操作に遅れが生じるという短所があるため、右のラチェット機構によりローター8の正転時にブレーキレバー17を操作し、制動体13に予め制動力を付与しておくことを可能とし、逆転に備えて待機することができるようにするためであり、また、ローター8の正転時にブレーキレバー17を誤操作しても、釣糸巻取り作業中に突然ブレーキが作用してしまうこともないようにするためである。したがって、被告製品におけるラチェット機構は、この意味で付随的なものであるが、これに対し、本件考案は、ドラグ機構を採用しているため、被告製品のラチェット機構に対応する係合、切離機構がなければ、ローターの逆転時のみならず正転時にも制動力が負荷されてしまい、軽い操作力でハンドルを回転して釣糸を巻き取ることができないのであり、この意味で、右の係合、切離機構は必須のものである。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1及び4の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求の原因2の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証によれば、本件考案は、次の構成要件から成るものと認められる。

イ  ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設けるとともに

ロ  該円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成した

ハ  魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置。

三  前掲甲第一号証及び成立に争いのない乙第一八号証によれば、実開昭52-132888号公開実用新案公報に記載されている、ローター部分にドラグ調整装置を設ける構成のものでは、ローター回転時にドラグ及び操作摘子がローターとともに回転するために、ローターを手で固定しないと強弱両方向の任意のドラグ制動が自在にできず、かつ、ローターに不必要な慣性力を与えて円滑迅速なハンドル操作を妨げ、また、筐体とローター間の狭い部分に操作摘子を設けなければならない等の欠点があったところ、本件考案は、ローターの後部に形成された凹陥部にローターの逆転時のみ係合して回動する円盤を設け、この円盤に制動部材を筐体に支承された操作杆で圧接自在に形成したものであり、これにより、ローターに係合して回動する円盤、制動部材、操作杆等のドラグ機構が、ローターの正転時にはローターと切り離され、ローターの逆転時にのみローターに係合してドラグ制動を行うようにしたので、ドラグの強弱両方向の制動調整が、ローター等を手で固定することなく操作杆のみの回動操作で容易にできるとともに、ローターにドラグ機構による不要な慣性力が負荷されることもないので、ハンドルによるローター回動操作も迅速かつ円滑であり、しかも、操作杆も筐体の操作しやすい位置に設置できる等の効果を奏するものであることが認められる。

そこで、本件考案の構成要件ハにおける「魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置」について検討するに、(1)前掲甲第一号証、乙第一八号証によれば、本件考案の「ドラグ調整装置」として実施例に示されているものは、摘子20の回動によって進退する操作杆17に螺合した螺筒19により押圧度が制御される板バネ16と、摘子20の回動によって予め設定された所定の強さでこの板バネにより押圧されて円盤13の回動を制動する制動板14、15とから成り、そして、ローター8が釣糸の繰出しにより逆転するときに、右円盤13がローター8と一体となって回動するため、前記制動板14、15による制動がローター8に伝えられるように構成したものであり、これにより、ローター8に予め設定された強さによるドラグ制動が行われるものであること、及び、前記公開実用新案公報に記載されている実施例も、ドラッグつまみと回転枠との間に本件考案の制動板に当たる摩擦体17が数枚介装されて、これによりドラグ制動が行われる構成のものであることが認められる。(2)成立に争いのない乙第二〇号証ないし二三号証の各一ないし三によれば、昭和六一年九月二五日廣済堂出版発行の「清水令司の実戦上物釣り」と題する書籍の三二頁には、「上物釣りではスピニングリールを用いると書いたが、スピニングには、ドラグ(フロントドラグとリアドラグあり)式とレバーブレーキ式とがある。ドラグで糸の出を調節するのが前者であり、後者はレバーによってブレーキをかけてスプールの回転をセーブする。それぞれ利点があるが、初心者に使いやすいのは、ドラグ式である。・・・リールは最高級(最優秀)品を求めたほうがよい。理由は、上物釣りでは糸の張力の限界ぎりぎりのところで、ドラグを効かして魚とやり取りするため、ドラグ性能の劣るリール、ドラグ調整の効かないリールは、ブレーキの壊れた車と同じで、使い物にならないからだ。」との記載があり、更に、雑誌「つり」一九八四年九月号の七五頁には、「ヒラマサは、アワせると必ずと言ってもいいぐらいサオがのされるから、ドラグはそのハリスに応じて調整しておくこと。」との記載があり、また、昭和六一年一月一〇日株式会社釣の友社発行の「新しいグレ釣り」と題する書籍の一〇二頁にも、「大型といっても60cm前後のグレでのことなのですが、何回掛けても全部だめだとか、ハリス5-6号でもブスブス切られたといったことを聞きます。・・・いつでもグレの奇襲に対応できるように・・・リールのドラッグを調整します。」との記載があり、また、雑誌「海づりガイド」昭和六一年二月号の六〇頁にも、「私はドラッグリールを愛用しているから大丈夫と思うでしょうが、いやぁだめなんです。ドラッグの抵抗は魚を一層怒らせます。」との記載があることが認められる。(3)また、成立に争いのない乙第三〇号証によれば、原告は、実開昭57-82168号公開実用新案公報に記載されている考案の出願人であるが、その実用新案登録請求の範囲において、「ローターにローターの逆転時任意の設定圧で制動を掛けるドラグ調整装置と、この制動装置の制動力に付加的にローターの回転に瞬時に指動操作で制動を掛けるサミングレバーによる制動装置とを夫々別個に設け」と記載していることが認められる。(4)更に、成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証、第五、第六号証、第一一号証ないし第一九号証及び甲第一三号証、第一八号証によれば、原告、被告又は他の第三者が出願人となっている特許出願又は実用新案登録出願の願書に添付した明細書においては、本件考案の前記実施例のように、制動板又は摩擦体による制動力を予め設定した強さでローター又はスプールに与え、その逆転を制動する構造のものについては、いずれもこれを「ドラグ調整装置」、「ドラグ機構」、「ひきずり(ドラグ)装置」又は「ドラッグつまみと摩擦体」等といい(実公昭60-10381号実用新案公報、実開昭52-132888号公開実用新案公報、実開昭56-175071号公開実用新案公報、特開昭58-23734号公開特許公報並びに実願昭57-78223号実用新案登録出願の願書添付の明細書及び図面)、逆に、魚釣の状況に応じて任意にブレーキレバーを操作して制動片を制動盤等に接触させて、釣糸の繰出しを制動する構造のものは、単に「制動装置」、「制御装置」又は「ブレーキレバー」、「ブレーキ機構」、「制動調整装置」等といい、これをドラグ調整装置又はドラグ装置等と呼ぶことはないこと(実公昭52-57120号実用新案公報、特公昭52-876号特許公報、実開昭51-92494号公開実用新案公報、実開昭56-158174号公開実用新案公報、実開昭49-143387号公開実用新案公報、特開昭49-115885号公開特許公報、実開昭58-178876号公開実用新案公報、実開昭60-67075号公開実用新案公報、実開昭60-106468号公開実用新案公報、実開昭60-194979号公開実用新案公報、実開昭61-40879号公開実用新案公報、実開昭58-178876号公開実用新案公報並びに前記実願昭57-78223号実用新案登録出願の願書添付の明細書及び図面)が認められる。(5)また、成立に争いのない乙第二四号証ないし第二八号証、第二九号証の一、二、第三一号証ないし第三三号証及び甲第七、第八号証によれば、原告は、昭和五〇年以降の原告製品のカタログにおいて、従来のドラグ調整装置も装備しながら、レバーブレーキ装置も装備したことを、「レバーブレーキ装着、従来のドラグ装置も装備」などと広告宣伝の文句で強調したり、レバーブレーキとドラッグを併用して装備したことを、「操作性に定評のあるリヤドラグを採用。瞬時のドラグ調整が可能です。そのうえ、レバーブレーキを併用すると、獲物とのやり取りがさらに自由に、思いのまま」などと、その宣伝文句に使用し、レバーブレーキ装置とドラグ調整装置又はドラグ装置との用語を自らも区別して用いていることが認められる。以上の(1)ないし(5)の認定事実によれば、本件考案の構成要件ハの「魚釣用スピニングリールのドラグ調整装置」とは、魚釣用スピニングリールのスプール又はローター等に、制動板又は摩擦体を押し付ける等の手段により、所望の強さの制動を予めかけておく装置のことであり、これにより、釣糸の限界強度に応じて設定された一定の強さまではローターの逆転を防止し、釣糸の限界強度を上回る力が釣糸にかかってきた場合は、予め設定された制動力を上回る力がかかるため、ローターが逆転し、釣糸が切れるのを防ぐという構造のものであると認められ、したがって、被告製品におけるブレーキレバー装置、すなわち、ブレーキレバーを操作しない限りはブレーキシュー等がローター等に接触せず、これに制動力が加わらないようにしておき、スプール又はローター等に急激な力が加わったときに、必要に応じ任意にブレーキレバーを引くことにより、ブレーキシューをローター等に接触させブレーキ力を加えるという構成のブレーキレバー装置は、このドラグ調整装置には含まれないものであり、また、被告製品のブレーキレバー装置は、右のような構造のものであるから、ドラグ調整装置のように、釣糸の限界強度に合わせて事前に制動力の強さを調整しておくことはできず、魚釣の状況に応じて釣人が任意のタイミング及び強さでブレーキレバーを引き上げ、ローターの回転に制動をかけるという装置であり、その作用効果の面においても、ドラグ調整装置とは異なるものといわなければならない。原告は、本件考案の構成要件Bの「ドラグ調整装置」は、スプール又はローターの逆転に抵抗を与えることによって、釣糸の引きずるような繰出し(ドラグ効果)を調整するための手段であり、そして、被告製品は、ブレーキレバー17の操作により、釣糸の繰出し量を調整し、ドラグ効果を得るのであるから、まさに本件考案にいうドラグ調整装置そのものであると主張するが、スプール又はローターの逆転に抵抗を与えることによって、釣糸の引きずるような繰出し(ドラグ効果)を調整するための手段であれば、これをすべてドラグ調整装置ということはできないことは、前(1)ないし(5)認定の事実から明らかであるから、原告の右主張は、採用しえない。また、原告は、実公昭59-35090号実用新案公報、特開昭58-146225号公開特許公報、特公昭61-51846号特許公報において、レバーで操作するドラグ機構についての記載が存する以上、釣糸の制動をレバー形式で行う被告製品について、ブレーキレバー装置という名称を付したとしても、それがドラグ作用を奏する装置である以上、「ドラグ調整装置」であることに変わりはない旨主張するが、成立に争いのない甲第一四、第一五号証、第二一号証によれば、実公昭59-35090号実用新案公報には「レバー操作によってドラグ力調整を行なう」、特開昭58-146225号公開特許公報には「クラッチの係合トルク調整とドラッグ力の強弱調整の両作用を1本の操作レバーにて行なうことが出来る」、特公昭61-51846号特許公報には「本来のドラツグ機構とレバーによる微調整のドラツグ機構とが一部重なる(積層クラツチ押圧板が本来のドラツグ機構内に位置する)」との記載があるものの、右の記載は、いずれもドラグ力の調整をレバーによりなしうるという構成を説明したものであり、そして、右の各公報に記載されている装置は、そもそも前認定の意味におけるドラグ調整装置であって、ブレーキレバー装置ではないことが認められるところ、被告製品は、右にいうドラグ調整装置を備えていないのであるから、原告の右主張もまた、採用することができない。

以上によれば、被告製品は、本件考案の構成要件ハを具備しないものであり、したがって、本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

四  よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官富岡英次は、転補のため署名捺印することができない。 裁判長裁判官 清永利亮)

目録

別紙図面及び次に説明する構造の魚釣用スピニングリール

一 図面の説明

第1図は縦断面図、第2図は分解斜視図、第3図は第1図A-A'におけるローターのみの一部省略断面図である。

二 構造の説明

筐体1の前部に回転筒軸4を回転自由に設置し、この回転軸筒4の軸方向後方側にピニオン3を設け、このピニオン3を前記筐体1に内装するマスターギヤー2に噛み合わせるとともに、前記回転軸筒4の軸方向前方側にローター8を前記回転軸筒4と一体に回動するように固定し、前記回転軸筒4内に、先端にスプール5を固着したスプール軸6を、前後方向に摺動自由に設置している。

ローター8は、前記軸筒4に挿嵌される貫通孔をもった円板部8aと、その周縁に連続して後方に延在する円筒部8bとにより凹陥部80が形成されるとともに、ベールアーム7を支持する一対の腕8c8dが形成されている。

また、凹陥部80内の円筒部8b内周面にラチェット歯10が形成され、前記凹陥部80内に位置する前記回転軸筒4には裏側内周面にブレーキ環14をもった制動体13を、ボールベアリング81を介して回転自由に支持し、この制動体13の表面に、爪22をピンにより摺動自在に軸着し、コイルばね23によりこの爪22を一方向に付勢して常時前記ラチェット歯10に接触させ、ローター8の逆回転(第3図矢印Y方向)時においては、この爪22がラチェット歯10に噛み合って係合し制動体13をローター8と同行回転させ、またローター8の正回転(第3図矢印X方向)時においては、ローター8が急速回転する際の始動時には、爪22がラチェット歯10上をスリップして制動体13の回転遅れを生じるが、急速回転でないローター8の回転時及び急速回転の始動後の回転時には、爪22がラチェット歯10に押し付けられて、制動体13をローター8と同行回転させる。

また、筺体1には、前記ブレーキ環14に接触するブレーキシュー15をもったブレーキレバー17を揺動可能に支持するとともに、前記ブレーキレバー17にコイルばね16を作用させて、常には、前記ブレーキシュー15が前記ブレーキ環14から離れている。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第3図

<省略>

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